長野県全域。 特にビーナスラインの白樺の林、 美ヶ原高原の草原、 八ヶ岳の山小屋の庭、 軽井沢の旧道沿いの木陰、 そして上高地の梓川の岸辺。
形がはっきりしない柔らかい揺らぎ。 大きさは大人が両手で抱える毛布くらい。 色は白樺の幹の白と、 高原の草の薄緑が混ざった、 いつも陽だまりの色。 動く時は風と一緒に流れ、 着地する時は人の体の上にふわりと重なる。
時刻は夏の昼下がりの 13 時 14 分から 14 時 47 分の間。 場所はビーナスラインのカーブの脇の白樺の根元、 美ヶ原の展望台のベンチの周り、 八ヶ岳の山小屋の窓の外、 そして 「もう少しここにいたいな」 と高原で立ち止まった人の影。
長野の高原で、 1 度だけ立ち止まって、 5 分だけ何もしない。 時計を見ない、 写真を撮らない、 携帯の音を消す。 ただ草の匂いと風の音と陽の光を感じる。 高原の昼寝は、 5 分目の終わりにあなたの肩に静かに重なってきて、 一緒に深呼吸をしてくれる。
「ありがとう、 ここに来てよかった」 と心で 1 言つぶやくと、 高原の昼寝は重さを残さずに離れて、 あなたの服の繊維に薄い緑の色を 1 段だけ移す。 都会に帰った後も、 その服を着る時、 1 拍だけゆっくり呼吸できる。
高原の昼寝は、 戦後の長野の信州の高原を「サナトリウム」 として求めた人たちと、 軽井沢の旧道を歩いた文学者と、 八ヶ岳の山小屋の主人たちの「ここにいるだけで、 何もしなくていい」 という気持ちが、 何十年もの間に空気の中に溶けて、 柔らかい揺らぎになった。
昼寝は、 自分が「何かをしない」 ことを誇っている。 「都会の道具は何かをすることで価値を作るけれど、 私は何もしないことで価値を作る。 草の上に重なるだけで、 人の心拍を整える」 と昼寝は知っている。
冬になって雪が降ると、 昼寝は山小屋の梁の隅で静かに丸まって眠り、 翌夏の最初の白樺の葉が出る朝に、 また柔らかい揺らぎとして起き上がる。