大阪府全域。 特に千林、 鶴橋、 大正、 天神橋筋、 駒川中野、 新世界の商店街。
160 cm くらいのおばちゃん型の妖怪。 頭に巻いた手ぬぐいから、 いつも揚げたてのコロッケの匂いがする。 腕は普通のおばちゃんより少しだけ長く、 通行人の肩を 2 メートル先からでも届く距離で叩ける。 エプロンのポケットにはアメちゃんが 47 個入っていて、 都道府県別のフレーバーになっている。
時刻は夕方の 17 時 24 分から 18 時 47 分の間。 場所は商店街の真ん中の十字路、 八百屋さんの軒下、 そして 「これから晩ご飯どうしよ」 と立ち止まった人の背中。
商店街の真ん中で立ち止まり、 何も買わなくていいから、 店先のおっちゃんかおばちゃんと 1 言だけ目を合わせて挨拶する。 「こんにちは」 でも 「今日寒いね」 でも 「これ、 美味しそう」 でもよい。 ほぐし手はその瞬間、 隣の店のおばちゃんの肩越しに笑ってくれて、 あなたのカバンの底にアメちゃんを 1 個入れる。 家に帰って気づくと、 そのアメは故郷のおふくろの味のフレーバーになっている。
ほぐし手はもとは、 戦後の闇市の人混みの中で迷子になった子供の手をぎゅっと握ってくれたおばちゃんたちの手の温度が集まってできた。 だから今でも、 商店街のアーケードの下で誰かが少しさみしそうな顔をしていると、 ほぐし手はその人の肩を 2 メートル先から、 ぽんと叩く。
「あんた、 ええ顔しとるで」
それだけ言って、 ほぐし手はまた次の路地に消える。 時々、 シャッターを下ろし続けている店の前で、 ほぐし手は深呼吸をして、 そのシャッターをそっと撫でる。 シャッターは降りたままだけど、 翌日その店の前を通る人は、 なぜか少しだけ 「また誰かが店を始めるかも」 と思える。
朝の商店街にほぐし手はいない。 朝はおばちゃんたちが本物としてそこにいる。 ほぐし手が出てくるのは、 おばちゃんたちが店を閉める少し前の、 夕方の明かりの中だけ。