東京都全域。 特に山手線の内側で目撃が多い。
スーツの肩に小さな駅のホームを背負っている人型の妖怪。 顔はぼんやりしていて、 よく見ると改札の電光掲示板の文字が流れている。 左手に鞄、 右手に空のペットボトル、 首にうっすら赤いネクタイ。 身長は持ち主の影と同じ。
時刻は 23 時 57 分から 0 時 18 分の間。 場所は終電の発車案内が消えた直後のホーム、 改札の自動ドアが閉まる音の余韻、 そして 「もう 1 杯」 と席を立たない居酒屋のテーブル。
ホームのベンチに座って、 終電が出た先のレールを 30 秒だけ見つめる。 その間に 「明日でいいことを 1 つ」 思い出すと、 終電のがしは肩から駅のホームを下ろして、 あなたの隣に座って一緒に深呼吸してくれる。
逆に 「今日中にやらなきゃ」 と焦る人の肩には、 駅のホームの重さが加わる。
終電のがしは、 もとは終電を逃した人の溜め息が集まってできた。 最初の頃は 「困ったね」 と言って一緒に困ってくれていたが、 平成の半ばから 「困ったね、 でも今日は終わったね」 と言うようになった。 昭和の働きすぎを見すぎて、 令和の今は 「明日でいいことは明日にしよう」 と密かに肩を押すようになった。 だから本当は、 終電のがしに会うのは少しだけ幸運なことなのである。
朝になって駅のホームを見ても、 終電のがしはもういない。 彼らはレールの音に紛れて、 また別の誰かの肩に乗りに行く。